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ようこそ!ジュリークのピュア旅inアデレード

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仕事もプライベートも旺盛に生きる先輩が、
私たちに教えてくれること。

ジュリークの創業者
ウルリケ・クラインという
女性の生き方

WRITER PROFILE

馬田草織(ばださおり)

文筆家・ポルトガル料理研究家。東京都生まれ。出版社で食を中心に雑誌編集に携わり独立。 食や旅を中心に執筆。素朴で親しみやすいポルトガルの食に魅了され、一般家庭のキッチンからレストランの厨房、ワイナリー等への取材を行っている。著書に『ようこそポルトガル食堂へ』(産業編集センター・幻冬舎文庫)、『ムイトボン!ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰し、定期的な料理会やイベントなどを開催している。

リアルな先輩女性の生き方が、
いまを生きる私たちの
インスピレーションになる

もっと自由に、もっと平等に生きたい。それはいつの時代も変わらぬ女性の願いだ。家事労働や家族のケアは女性の仕事という古い認識を変え、進学も就職もその後のライフプランも、もっと公平に選べる世界にしたい。2015年9月に国連サミットで採択されたSDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の中にもジェンダー平等という目標が掲げられ、世界各国でその意識は高まっているが、現実はまだまだ平等とは程遠い。

そんな中、これまで先輩女性たちが実践してきた生き方や働き方、ビジネスモデルはなによりの励みになる。いまを生きる私たちを勇気づけ、あるいは目標となってくれる。1985年8月にオーストラリア南部のアデレードで起業したジュリークの創業者、ウルリケ・クライ ンさんも、仕事と家庭の運営を両立させながら積極的な生き方を実践してきた一人。いまなお世界各国のジュリークの従業員のみならず、世界の女性たちに生き方のインスピレーションを与え続けている彼女のキャリアや生き方の一端を、ジュリークの創業月である8月に、あらためて振り返ってみたい。

植物の力を生かしたプロダクトを開発。
自然環境を守る
ビジネスモデルの先駆者として

ウルリケさんは1943年ドイツの美しいハルツ山地の小さな村で生まれ育ち、幼い頃から豊かな自然に囲まれていた。植物や花やハーブに触れ、親しみ、やがて1960年代にはドイツの大学で園芸と教育を学び、園芸家になった。その後夫となる科学者のユルゲン・クラインさんと出会い、共同で会社を設立。当時は食品や化粧品、塗料に使用する植物エッセンスを研究し、アロマテラピーが流行するずっと以前からアロマテラピー製品の先駆けとなるような商品開発をしていた。さらに夫妻はそれらを発展させ、100%純粋な植物成分を使用した植物ベースのスキンケアシリーズを生産する事業ビジョンを掲げる。しかし、その実現のためには原材料となる植物が栽培できる広くて健全な土地が必要だった。ビジョンを具体化するべく、夫妻は動き始めることになる。

4人の子どもと夫婦で移住。
異国の地で起業しながら子育ても

1983年、ユルゲン&ウルリケ夫妻はこのビジネスを実現するべく最適な土地を世界中で探し、ついに4人の幼い子供たちと一緒に、南オーストラリアのアデレード・ヒルズに移住する。当時からこの一帯は自然環境が素晴らしく、彼らの理想とする朝晩に寒暖差のある気候や地質にも恵まれ、自生している植物の生命力が桁違いに強いと感じたピュアな土地だった。そして移住して2年後の1985 年、念願だったオーガニック農法で栽培された植物から化粧品を作る会社「ジュリーク」を設立する。ちなみにブランド名の『Jurlique/ジュリーク』は、Jurgen(ユルゲン)とUlrike(ウルリケ)を組み合わせたもの。会社は2人そのものを表している。

最初は小さな農園で植物を育て、自宅のキッチンで商品を作って周辺地域の方々に使ってもらっていたが、その商品の独自性と香りの素晴らしさはあっという間に口コミで広がった。その後も事業は拡大を続け、約10年間でプロダクトは約250種類に増え、オーストラリア全土で200人以上を雇用、18か国に輸出する会社に成長する。もちろんその間、ウルリケさんは4人の子育ても担った。家族の暮らしという観点だけで考えても、ドイツから未知のオーストラリアへの移住は生活環境が大きく変わって大変なことなのに、同時に起業し商品の研究開発、そして事業拡大と、あらゆる課題を進めていくことは並大抵ではなかった。ウルリケさん自身、身をもって仕事と子育ての両立の難しさを経験したことで、ブランドのポリシーでもある地球環境への取り組みだけでなく、世界中の女性のより豊かな暮らしをサポートする支援活動を積極的に行うきっかけになった。
さらに、2000年に行われたシドニーオリンピックでは、選手村にトリートメントルームを設置し、競技で疲れ切った選手の身体をサポートするトリートメントを行った。ジュリークの知名度は世界に広がった。その後も地球環境への取り組みや女性の豊かな暮らしをサポートする支援は変わらず続けられ、2012年にはオーストラリアのアボリジナルピープル女性の学費や就職活動の支援をミスト化粧水の売り上げの一部から寄付*する活動など、多角的に女性支援活動も行っている。

*2012年8月オーストラリア慈善団体AIMEと提携しアボリジナルピープル女性の高校卒業率の支援と、初の女性指導員になるための支援として、ローズミスト バランシング<Limited Edition>の売上の一部を寄付

心を満たすことで、
はじめて自分の内面と
向き合うことができる。
そしてそれが、本来の美につながる

地球環境への取り組みや、女性がすこやかに美しく生きられるための働きかけや支援といった活動以外にも、現在ウルリケさんが個人的に情熱を傾けていることがある。それは、ジュリーク農園があるアデレード・ヒルズのマウントバーカーに設立したウカリア文化センターと、そこで活動する音楽家がコンサートで使う楽器へのサポートだ。自身も音楽を愛するウリルケさんは、アデレードの豊かな自然の中で行う音楽活動を通して、少しでも多くの人が心豊かに生きられるようにと願っている。 人間の本来の美しさは人間の内面から生まれ、そしてその内面は心身が心地よいと感じる場があってこそ、はじめて落ち着いて自分を見つめ向き合うことができる。と考えているからだ。

「継続的にをジュリークを見守ることは、子供が成長し成功していくのを見るのと同じようで誇りに満ちています。生きている限り、ジュリークは私の人生の一部です」と、一線を 退いた現在もウルリケさんは話す。

まずは自分と家族、そして仕事とその仲間たち、さらには周辺地域を幸せにできたら、これ以上のウェルビーイングはないのではないだろうか。もちろん、自分たちが生きる地球環境を常に守ることを意識しつつ、自分を満たし、他者を満たし、その周辺世界を満たすウルリケさんの生き方は、人が豊かに生きるとは何かを考えるヒントに満ちている。

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